ブログタイトルの変更と今後の方針について

 本日、2017年7月30日午前5時34分、ブログのタイトルを変更した。新しいタイトルは「古風礼賛」。こふうらいさん、と読む。漢字のみでいかにも覚えづらい、時代錯誤なタイトルだ。

 昨年7月7日にkeiichinishimura.comのドメインを取得して以来、(こっそり変えてはシレッと戻しながらも)「にしむらぼ」というタイトルをずっと使い続けてきた。自分の名前をもじっただけの何のひねりもないタイトルだが、我ながらなかなか覚えやすくて親しみやすいタイトルだと気に入っていた。

 ではなぜ、ブログ運営が半年以上経過した今、あえてタイトルを変更する必要があるのか。その経緯を書いていきたい。

PV至上主義は虚しい

 知っている方もいると思うが、当ブログは今年に入ってからほとんど更新が止まっている状態だった。毎日更新していたのは、昨年の9月から実質3ヶ月程。昨年の9月から更新をはじめて、目標としていた月間1万PVを早々に達成して、2万、3万と順調にPVが増え少なからずブログから収入を得るようになって、それで満足してしまった。ワードプレスで最速で月間1万PVというのが当初の目標で、毎日更新をスタートする前から明確な未来が見えていたので立ち止まることはなかった。しかしそこから先が、見えなくなってしまった。

 毎日黙々と更新していれば、そのうち10万、20万とPVは増加し、いずれか100万PVにも届くかもしれない。届くかもしれないが、何の指針も方向性も定まらぬまま漠然と更新を続けるのは、飽き性のボクにはどうにも耐えられそうにない。

 アクセス数が伸びるコンテンツに辟易してしまったというのも、更新が途絶えてしまった理由のひとつだ。

 ニュースサイトの編集をやっていたときの苦い経験から、人の生き死や芸能人のゴシップ、特定他者の批判、中身のないまとめ記事については原則書かないと公言していた。しかしPV至上主義におちいると、そんな原則はたちまち反故となる。

俺たちのNo.1 超絶かわいいおすすめ美人YouTuber12選 | にしむらぼ

 これなどはPV至上主義の最たるもので、非常に下品でタイトルを見るだけで胃がむかむかする。

逃げ恥だけじゃない!新垣結衣が可愛すぎるおすすめドラマ超一覧! | にしむらぼ

 同じまとめ記事でもこちらの記事などは、新垣結衣さんへの愛が溢れている分まだいくらかマシかもしれない。

電通の新卒女性社員自殺と、巨大メディアの終焉 | にしむらぼ

 人の死を煽り、門外漢である電通やテレビ業界を批判したこちらの記事も、品性に欠けなんとも痛々しい。

 要するに、ボクは自分の文章に嫌気がさしてしまった。そんなに嫌なら即刻削除すればいいのだが、PVに囚われて迂闊に消すこともできない。そんな自分にもうんざりだ。

 PVと同様に、お金も文章を歪める。

 アフィリエイトのため、お金のためだけに書いた記事は、あまりに軽薄で読むに耐えない。PVやお金以外に明確な目的(=核)のない文章には、パッションがない。パッションのない文章は、おもしろくない。

 もっとおもしろい文章が書きたい。

 読者の心臓をえぐるような文章を書きたい。

 すぐに役立つ情報より、後からジワジワ病みつきになる読み物を残したい。

 ボクにとって文章で飯を食うというのは、そういうことだ。綺麗事だろうと何だろうと、まったくそういうことだ。ボクが欲するのはどんな商品でも売れるセールスレターが書ける文章力ではないし、ただ情報を垂れ流すのであれば、ブログを書く意味も、ブログで生きる意味もとたんに消失してしまう。

古風という、ブログの核があればこそ

 ブログの核を求めて、自分という人間を見つめ直してみる。取り立てた専門知識や技術を持たない自分の、核になりうるものは何か。思いを巡らすうち、ひとつの言葉が頭に浮かんだ。

 古風。

 ボクは、どちらかと言えば人よりも旧来型の、古風な人間だ。新しいものは好きだが、それ以上に古くて時代を感じるものに魅力を感じる。

 渋谷の喧騒よりも、昔ながらの商店街を歩きたい。表参道の小洒落たレストランより、壁一面にメニューが並ぶ古めかしい定食屋が落ち着く。電子辞書よりも、紙の辞書の手触りや匂いに興奮する。ディズニーランドより、神保町の古本屋街や鎌倉の寺社仏閣を巡りたい。ビジネス書を読むより、岩波文庫と戯れたい。上京して10年経つが、やっぱり田舎の澄んだ空気や満点の星空が恋しい。

 iPhone、スプラトゥーン、VALU、新発売、新規オープン…一般にブロガーは、常に最新の製品や情報を追いかける。ブログに限らず、YouTubeでもテレビでも新聞でも、およそメディアと呼ばれるものは、「新しい」(=早い)という価値によって成り立っている。

 「おもしろい」「専門的」「珍しい」「エロい」なんて価値もメディアの成立要件ではあるけれども、それらはいくらかハードルが高いし、新しいのほうがずっとお手軽だ。だけど、すぐに役立つ情報は色褪せるのも早い。ダブダブにお湯を注いだアメリカンコーヒーより、もっと薄い。

 それに、みんなが新しいモノを追いかけているときに同じように新しいモノを追いかけるというのは、あんまり平凡じゃないか。平凡は、退屈だ。

 最近YouTubeのタイムラインが、先日発売したNintendo Switchの「スプラトゥーン2」と「松居一代」の動画で埋め尽くされている。そうすると新しいはずの「スプラトゥーン2」や「松居一代」の話題は平凡に成り下がって敬遠され、逆にそれ以外の動画というだけで視聴者の目には新鮮に映る。

 ブログサービスのポータルサイトでも状況は同じようなものだろう。極端な話だが、スマホを持つのが当たり前の時代に「ボクはケータイを持っていません。用があったら手紙を郵送してください」なんて人がいたら、めちゃくちゃユニークだしそれだけで個性になる。だからこそ、あえて古風に。

 古風という抽象的な概念だけでは、正直キャラクターとしては薄い。しかし個別具体的な古風が重なり合って、唯一無二の古風を形成する。元より文章力に自信はないし、創造的な人間でもない。どうせ同じ駄文を撒き散らすなら、口に入れた瞬間にとろけるあま〜い高級肉よりも、固くてなかなか噛み切れない安い肉を口の中でいつまでもワシワシやるような、そんなブログを書きたい。そんな想いが、古風礼賛という4文字に込められている。

ブログタイトルの由来について

 礼賛という言葉は、はるか昔の学生時代に読んだ谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」(いんえいらいさん)という作品に由来する。陰翳礼讃は伝統的な和の様式美をたたえる評論で、谷崎の思想を色濃く表している。それほど印象に残っているわけではないのだが、ふと頭に浮かんでゴロが良かったので拝借した。

 手元にある小型版の新明解国語辞典を引くと、礼賛は「1 仏を礼拝してその功徳をたたえること。 2 ありがたい・(すばらしい)と感じて、ほめたたえること。」とある。古いものは、すばらしい。古風なモノをたたえ、古風な本を読み、古風な映画を見て、古風な土地で、古風な飯を食らう。古風という核があればこそ、自由に動き回ることができる。

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知的快楽に溺れ、自分の文章に酔う

 古風なものをたたえるブログであるから、必然、文体も古風になる。昭和然とした常体文(「だ・である」調)で、読みづらいことこの上ない。ときに傲慢で、独善的ですらある。

 別にガチガチの評論のような文章を書こうと思っているわけではない。むしろ常体なのに敬体(「です・ます」調)以上に親しみやすい文章が理想とするところだが、それにはまだまだ勉強不足。そもそも社会に出てからこういった文体で書いた経験がないのだから当然だ。これから徐々に身につけていきたい。

 これまでは、大衆メディアに習って「小学生でも理解できる」ように、極力漢字は使わず、難解な表現も避け、平易な文章を心がけてきた。それが読みやすいのはたしかだが、書いていてどうにも張りがない。甲斐がない。全然気持ちよくないし、まるで濡れない。

 文筆の醍醐味は、知的快楽である。クライアントから注文を受けた案件は別として、ブロガーには文章に対する縛りがない。それならば、知的快楽に溺れ、自分の文章に酔わずしてどうしていい文章が書けようか。

 ましてボクがこれから書こうとするのは、時代に逆行した、反PV至上主義的なブログだ。どこまでもワガママでいい。反PV至上主義のブロガーは、文章で飯が食えるのか。大衆に背を向けた天邪鬼なブログは、どこまで通用するのか。その答えが、このブログにあると思っている。

 内容についてもこれまではノウハウを中心に書いてきたが、どちらかというと日記に近いものが増えるだろう。アフィリエイトを辞めるわけではないし、これまで通りガジェットや流行り物、はたまた技術的な記事からとりとめのない雑記まで、要するに何でも書く。ただあくまでメインは、御朱印巡りや食堂グルメ、古い映画や本の紹介、あるいは古風な価値観を表現するような記事を書いていくつもりだ。

 Apple、SEO、アフィリエイト、Webマーケティングetc…そんなウェブの喧騒から少し離れたところで、言挙げせず、人知れず咲き続ける野花のような猛々しいブログを目指したい。

手垢まみれの日記

 ブログとは、文章で自己表現をする場である。しかしなまじブログで小遣い稼ぎを覚えると、なんとも噛みごたえのない、薄っぺらい文字の羅列を量産するようになる。検索ワードという呪縛が、言葉を著しく制限し、文章を貶める。ボクは、そんな無味無臭の文章より、もっと臭くてドロドロした文章を撒き散らしたい。一流のセールスレターより、手垢まみれの日記を書きたい。

 一般人のくだらない日記など、誰が読もうものか。なるほど確かにそのとおりだ。一般人の日記や自分史ほどつまらないモノはない。生半可な知性や個性を表現しようとする文章ほど、独り善がりで読みづらいモノはない。(特大のブーメランを放つとは、きっとこういうことを言うのだろう)

 だがしかし、自分の文章だけはきっとおもしろいはずだ。自分だけはクリエイティブな人間であるはずだ。文学をかじった人間は、誰もが一度はそう夢想する。夢想して、自己満足な駄文をウェブ上に撒き散らし、いつの間にか消えていく。

 それは十分に承知した上で、ボクは自分の文章で夢想したい。もっと言葉と戯れたい。思う存分書き尽くしてから、ひと思いに散りたい。そう思うのである。

本を出版したい

 PVや収益ではなく、今後は出版を目標にブログを書いていく。電子書籍や自費出版ではなく、紙媒体の商業出版。何を書くのかというのはまったく白紙だが、いろいろなジャンルの本を書いてみたい。

 一番書きたいのは、紀行文やコラムのようなノンフィクション。御朱印巡りに商店街巡り、映画・演劇、書評、猫、落語、アングラ、アイドル…書きたいネタはいくらでもある。ブログやアフィリエイト、起業系のビジネス書や、ダイエット、コミュニケーション、メンタルヘルス、美文字、英語などの実用書もいい。チャンスがあれば、雑誌やWebメディアでの連載にも挑戦してみたい。

 出版を目標にするに当たって、タイトルに限らず、ブログを大幅に手直ししていく予定だ。たとえばこれまでの雑多なカテゴリは削除し、すべて雑記に分類した。あらたに「ベストセラー作家への道」というカテゴリも新設した。今後はなんでもかんでもカテゴライズするのではなく、あくまで出版につながるか否かを基準に、少数精鋭のカテゴリと腰を据えて付き合っていきたい。

 できればこれまでの文章もリライトしたいが、量が量だけにすぐには難しいかもしれない。にっしーというニックネームも出版には不向きだし、詳細なプロフィールも必要だろう。

 何よりこうやって日々相当量のブログを書くこと自体、出版に向けて語彙や表現に乏しい自分の未熟な文章力を鍛える場だと思っている。本を一冊書ききるだけの基礎体力を養成する。文庫本一冊で15万文字くらいだから、少なくとも1000字や2000字の短文でヒーヒー言っているようでは話にならない。

 ただ書くだけでもダメだ。これまで以上に良質な文章を大量に読まなければならない。たくさんインプットして、言葉にまみれて、人の琴線に触れるような古風を紡ぎたい。

日本各地の古風を紡ぎながら転々とするノマドライフへ

 これはもっとずっと先の話だが、ボクにはブログを通じて実現したい未来がある。愛猫のメイさんと共に、遊牧民(=ノマド)のように日本各地を転々とする人生。

 ブログを通してその土地の魅力を表現したり、講演をしたり、いろいろな形で地域を盛り上げて、また次の町へ。時間や場所、物理的なつながりを極限まで排除した、風来坊のような自由な生き方。物理的には自由であるけれでも、精神的な束縛や恩を重んじ、義務や責任を重んじるまっとうな人間になりたい。

 たかがブログ、されどブログ。

 人生は一度きり。

 どうせやるなら本意気で。

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ABOUTこの記事をかいた人

ニシムラ・ケイイチ

ブロガー | Webライター | 文系エンジニア | ブログ:3.4万PV/月 | アフィリ: ASランクゴールド | 九州出身 | 立教大学中退 | fav:猫、読書、歴史、文学 | 言葉を大切に、あたたかい文章を届けます。