by ニシムラケイイチ
先日、生まれてはじめて”文楽“を観てきた。
“文楽”とは、人形浄瑠璃と呼ばれる操り人形を使った古典芸能のことだ。幕末に淡路(大阪)で生まれた”植村文楽軒”という人形浄瑠璃の一座が人気を博し、文楽が人形浄瑠璃の代名詞となった。2003年には世界文化遺産(ユネスコ無形文化遺産)に登録されている。
竹本義太夫による”義太夫節“と近松門左衛門の作品はとくに有名だ。
憧れの「文楽」デビュー
文楽には、以前から興味を持っていた。私が文楽を知ったきっかけは、愛読しているブログに(私が今回訪れた東京の)国立劇場や大阪の国立文楽劇場での観劇の模様が記されていたからだ。
その方は旅と猫を愛する大変な教養人で、職業は英語教師なのに自宅の蔵書にはなぜか大量の古典文学が並んでいる。古典熱では遠く及ばないけれども、私も古いものが大好きであるし、そういった教養主義的な生活への憧れも相まって文楽を一度は観なければと感じていた。
とはいえなかなか敷居も高く躊躇していたところ、今回思いがけずお誘いを受けて観劇することに。ついに文楽デビューを迎えることができた。
文楽の上演内容

文楽が上演される国立劇場は、東京都千代田区隼町にある。地下鉄の半蔵門駅から程近い。私は永田町駅から歩いたのだが、いつのまにか入り口を通り過ぎて劇場のまわりを一周してしまい、開演時間ギリギリの到着となった。
会場の入りは8割ほど。先のブログでは海外からの観光客の姿も多く見られたが、平日のためかこの日はほとんどの観客がご年配の日本人だったように思う。キリッと着物を着飾った女性と、いかにも眠たそうな付き添いの男性のご夫婦の様子を見て、なんだか微笑ましい気持ちになった。
聞きなれない古い言葉のうえ、公演時間が3時間と聞いて寝落ちしないか不安もあったが、なんのことはない。途中30分の休憩を挟み、言葉に関しても舞台の両サイドに字幕が表示されるので、多少古典の理解があればなんとか物語についていくことができる。
また詳しいあらすじや底本集のついたプログラムやイヤホンガイドも用意されているので、古典に疎かったりはじめて観る人でも安心して楽しむことができるだろう。
心中宵庚申の感想

平成30年2月の第202回公演は三部制で、「花競四季寿」「摂州合邦辻」「女殺油地獄」などが上演されている。
私が観たのは午前11時からの第一部「心中宵庚申」。実際に起きた心中事件を元にした、近松門左衛門の最後の世話浄瑠璃だ。
心中宵庚申は、”上田村の段” “八百屋の段” “同行思ひの短夜“の3つの段で構成されている。
私には疑問に思っていることがあった。
いくら古典とはいえ、ただの人形劇がどうしてそこまで人気なのか。
でも今回はじめて体験してみて、その理由がはっきりとわかった。
人形浄瑠璃は、ただの人形劇ではない。
太夫の語りと三味線の音色によって、人形が一気に命を帯びる。太夫、三味線、人形が三位一体となって文楽というドラマが完成する。
太夫の独特の節は慣れるまでは少し違和感があるかもしれないが、段ごとに代わる太夫の節はどれも個性的で癖になる面白さがある。
三味線のゆったりとした調べも、ポップな音楽に毒された耳には新鮮で心地いい。
3人で1体を操る人形たちは、まるで生きているかように舞台上で繊細に動き回る。
終演のころには、長編の小説や映画作品を観た後のような得も言われぬ満足感に包まれた。

正直、意外だった。文楽がこんなに面白いものだったなんて。
古典というのは、現代人が楽しむにはちょっと刺激が足りないというか、退屈に感じることも多い。私は落語も好きでよくテープを聴いているのだけれど、単純にバカ笑いしたいならテレビのお笑い番組を観たほうがずっと面白い。
それでも落語を聴くのは、そこに歴史を感じるからだ。時間の淘汰を受けて洗練された面白さ。濃厚なチーズのような味わい。
私は、まだ文楽のことを何も知らない。
でも、これから何度も公演に通って文楽の魅力を発見できるかと思うと、ワクワクが止まらないのである。